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Profile 2


長いlこと『工事中』にしていたProfileのページ、ようやく作る気になりました。

いつまでも工事中ではみっともないから、ちゃんとしなさい!とのご指摘もあり、せめて扉のページからリンクしている部分だけは、一般的な自己紹介程度に作っておこうと思いました。

私は、自分の信念や目指している方向を、周りから誤解される事を非常に嫌います。もしかしたら、私の言動はその信念に伴っていないかもしれません。
周囲からは、目指している方向が異なっているように見えるかもしれません。
それでも、「こうありたい」、「こうしたい」、「このようになりたい」という私の思いだけは理解してもらえるとうれしいです。

こういう思いが強いので、中途半端な自己紹介をして誤解されるくらいなら、いっそ自己紹介なんてしない方がいいかな?と考え、今までProfileのページだけはずうっと『工事中』のままにしていました。

が、前述の通り、表面的な『Profile』のページを作ってしまったので、さらにツッコンで自分をさらけ出したこのページ、『Profile 2』を作りました。
あんまり難しいことを考えるのもなんだし、見る人の判断でどうにでも解釈してもらえばいいじゃん♪みたいなノリで開き直って、このページを作ってみました。

と、いうことで、「ふ〜ん、そうなの?」程度に、軽く読み流してください。
(大げさに考えていたのは、自分だけだったりする・・・)

どーでもいいけど、かなり膨大な内容になってしまいました。
全部読もうなどというヒマな人はいるんだろうか???

 

1.ニックネーム:せきぴー / せきりん / せきちゃん / ぐっちー / ぐっぴー / ぐちお
/ S愚痴 / かずちゃん / かずくん / かずりん / かーくん / ひろし / ぴろし etc

2.生年月日:1965/09/02

3.干支:巳年

4.星座:おとめ座

5.居住地:茨城県 南西部

6.家族構成 : 妻・長男・長女が各1名

7.学歴:

・江戸川区立 第3松江小学校 卒

・市川学園 市川中学校 卒

・市川学園 市川高等学校 卒

・(神田予備校)

・千葉工業大学 機械工学科 卒

 

8.職業:会社員(技術職):

・一応、技術課所属で金型設計や生産技術が主な仕事ですが、規模の小さな会社なんで、フォークリフトに乗ったりクレーンを操作したり、溶接したり旋盤引いたりフライス盤で加工したり・・・なんでもやります。

 

9.アルバイト経験

・鉄工所 : 中学3年から高校卒業までの春・夏・冬休み
アルバイトと言っても、叔父がやっていた小さな工場で周辺作業を手伝っていた程度。
見よう見真似で旋盤やボール盤、小さなクランクプレス機なども使った。
時給600円だが、真っ黒に汚れながら毎日働いていたので、免許を取った時には高校生の分際で新車のRZ250を『ぽん!』と買うことができた。

 

・ウェンディーズ : 浪人時代から大学卒業まで

同年代の人や女の子達と仲良くワイワイ楽しみながらできるバイトがしたかった。
平日に学校が終わってからできるということで、長期休暇期間を除き卒業まで長く続けた。

私が通っていた中学・高校は男子校、また大学も工業系だったのでほとんど女子はいなかった。(涙)
それだけに、ここでのバイトは『いろいろな意味で』大変勉強になりました♪
みんな仲がよくて、海や山やスキーなど泊りがけの旅行もよく行きましたね。

 

・東京警備保障 : 大学3年生までの長期休暇の時だけ
大学3年前半くらいまで、春・夏・冬休みは警備員のバイトをしてました。
建設現場、スーパーの駐車場、超高級マンション、展示会など。

都内の病院の建設現場で、鉄筋を荷下ろし中の10tトラックが、坂道をゆっくりと動き出したことがありました。

運転手は荷台の上で、クレーンの玉掛け作業中でした。
トラックが止まっていた場所はやや下り坂で、大通りに直角に面しており、このままでは大通りに飛び出して大事故になってしまう・・・
ナンバーチェックのために横にいた私は、とっさにトラックに飛び乗り、ブレーキを踏んでトラックを停車させました。歩道の手前1mくらいだったと思います。で、サイドブレーキを探しましたが見当たりません。(今考えると、その大型トラックのサイドブレーキって、前方から引っ張るタイプだったのかも?)
私は運転席でフットブレーキを踏んだまま、

「運ちゃーん、早くなんとかしてぇ!!!サイドブレーキわかんないよぉ!!!」

「おぉ、わりぃわりぃ。ブレーキの掛け方が甘かったみてぇだな。」

建設現場での警備員なんて、ほとんど見た目だけの問題で大して役に立ってるとは思ってませんでしたが、この時ばかりは事故を未然に防ぎ、充分役に立ったと自負しております。

他にも、2車線の幹線道路の通行を止めるには、死ぬ気で飛び出さなきゃいけない・・・とか、スーパーの駐車禁止区域に止まっていた、組長さんを待っている車に注意するのはビビリまくり・・・とか、超高級マンションのマダムはきれい・・・とか、マンションエリア内の駐車禁止区域に止まっている車には駐禁ステッカーを貼る決まりだが、真っ黒ベンツのいかにも・・・って車には貼れなかった・・・とか、『菊の展覧会』の屋外展示場における夜間警備は、一晩中菊を眺めながら酔っ払いの相手をしなければならない・・・など、いろいろ社会勉強をさせてもらいました。

 

・日産レンタカー : 大学3年生から卒業までの長期休暇のとき

レンタカーの仕事って、ほとんどが洗車。1日に何十台も洗車します。
あとは、車の配送(配車)。営業所同士で貸し借りしたり、乗り捨て契約の車を取りにいったりします。車の運転は好きだったし、洗車もキライじゃなかったので、自分にとってはかなり楽しめたバイトでした。

営業所の車を駐車場にしまう時は目いっぱい詰め込むので、隙間が2〜3cmくらいまで寄せます。もちろん、こつん!とバンパーが当たってから少し離すのがコツ(?)です。おかげで車庫入れが少しはうまくなりました。

また、この頃自分の愛車はA/T車だったので、営業所のM/T車を運転するときには、必ずといっていいほどヒール・アンド・トゥの練習をしていました。
K10マーチから2tonロングのワイドキャビンまで取り揃えてあったため、飽きることなく毎日いろいろな車に乗ることができました。

 

10.性格:

・短気 : ええ、短気ですとも。でもね、これでもかなり長くなったんですよ。

・わがまま : 誰だって自分の思い通りにいかないと、アタマにきます・・・よね?

・自己中 : 世界は俺を中心に回っているんだぁぁぁ!

・凝り性 : どーせやるなら、トコトンやらないと気がすまないかも?

・執念深い : 巳年は執念深いって言うでしょ?恨みは死ぬまで忘れない!

・意地っ張り : 禁煙してるのも、単なる意地だけって話も。

・涙もろい : ホント涙腺が弱くて、映画とか見ててもすぐ泣いちゃうんですよ。

・小心者 :結構無理して大物ぶっていますが、本当は内心びくびくしてる事多し。

・ノリやすい : おだてられればすぐに木に登ります。で、落ちて痛い目に会う。

・おしゃべり : 伝説の『マシンガントーク』に裏づけされる?
また、口止めされたことは絶対にしゃべらないが、
何も言われていないとベラベラしゃべりまくる。

・スケベ : ス、スケベじゃない人間なんて、この世には存在しないんだぁ!!!

 

11.運転免許・資格:

・大型自動二輪車 :

16歳の時に教習所で中型二輪免許を取得。その後、大学4年の時にRZV500Rに乗りたくて限定解除。後に免許制度改正により大型自動二輪免許となる。

 

・普通自動車 :

高校卒業直後、浪人生の分際で普通免許を取得。
クラッチ操作がうまくできず、運転に自信があった分けっこう凹んだ。

二輪車で公道走行を経験していたため、路上教習は順調。卒業検定は100点満点!しかし、だからといって、
「ねえねえ、見てよこれ。今度このバイク買うんだ、かっこいいでしょ〜?」と、仮免許で路上教習中の私に、バイクのカタログを見せて話しかけてくる教官がいた。一応、教習中なんだから・・・

 

・4級アマチュア無線 :

動機は、車にアンテナを立てたくて・・・
いや、冗談ではなくて、マジで。そもそも、無線のアンテナを立てた車をかっこいいと思っていました。
だからと言って、アンテナだけ立てたウソツキ(なんちゃって無線車?)は嫌だったので、知り合いからもらったCB無線機を積みました。会社の仲間と交信していましたが、皆でアマチュア無線に移行しようということになり免許取得。仲間内での連絡やおしゃべり用でしたから、コンテスト参加とかQSLカードとかは作っていません。

レースの遠征時などにも活用してましたが、最近は携帯電話が普及したため、使う機会も減りました。今でも通勤時のおしゃべりなどに使用してますが、前述の通りCB無線をやっていた時期があったので、CB無線用語がときどき飛び交います。

ちなみにコールサインは『7L4GUP』です。

 

・アーク溶接特別教育講習修了証

・ガス溶接技能講習修了証

・フォークリフト運転技能講習修了証

・車両系建設機械運転技能講習修了証

鉄板をガスで切って、溶接して、フォークで運んで、パワーショベルで穴を掘って埋める・・・
ということができる資格なので、会社をクビになってもどこかで使ってもらえるかな?

 

12.レース歴 :

・ラジコン :

デビュー戦は小学生の頃、都内某所の特設会場で行われたTBS主催のイベント。マシンはすべてレンタルで、その場で飛び入り参加し、惜しくも2位だった。全部同じマシンで、しかも電動ラジコン最初期の低速モデルだったため、速度調整は常に全開。ステアリング操作のみのバトルだったが、1位のマシンとのちょっとの差が全く変わらないまま周回するジレンマを、嫌と言うほど感じたのを30年経った今でも覚えている。

自分のマシンを手に入れてからは、プリンスホテルの駐車場の特設会場で行われたシリーズ戦、『プリンスグランプリ』に出場した。
当時、すでに型遅れであった京商『スーパースポーツ』で、標準は360Sのモーター搭載車だが、モーターマウントをドリルやヤスリで加工して無理やり540Sモーターに換装した。

レースのオフィシャルのおにいさんに、
「へー、君の車、『スーパースポーツ』にしては速いね。」
と褒められた。
だが、あくまでも、「スーパースポーツにしては・・・」だ。

結局、当時の京商の最新モデルである『マッハスポーツ』などには敵わなかったのだ。
あの一言は、27年経った今でも忘れない。
オフィシャルは褒めているつもりで発言したのかもしれないが、私にとっては決して褒め言葉なんかではなかった!

また、プリンスグランプリには何回か参戦したが、テクもさることながら、大人の金のつぎ込み方には勝てないと実感。小学生だった私は\5,000のバッテリーパックを1個しか持ってなかったが、予選の度に交換する大人たちを見て、公式のレースの厳しさを味わった!?

地元の模型屋『エンヂェル』が主催したレース、『エンヂェル・グランプリ』というのがあった。AYK(青柳金属?)のテストコースが近くにあったため、そこを借りて開催した。当時中学生だった私と、同じ学校のラジコン仲間が地元の小学生たちを抑えて常にぶっちぎりだった。

エンヂェル・グランプリは、一度だけ静岡の田宮サーキットを貸し切りにして開催した事もあった。マイクロバスで出かけ、工場見学などもさせてもらった。テレビや雑誌などでによく出てくる本格的なサーキットでレースができた感激は、25年経った今でも忘れない。

 

・ロードレース :

そもそもバイクに乗ろうと思ったきっかけは、峠を攻めたかったから・・・俗に言う『ローリング族』になりたかったから・・・です。なので、行きつく先は当然ロードレース。入学した千葉工大にはロードレースをやっていた二輪愛好会(現二輪部の前身)の先輩がいたため、入門する環境としてはよかったと思う。

卒業した先輩から譲り受けたAR125で、筑波サーキットで開催されていた地方選手権のSP125クラスへエントリー。全くお話にならないタイム(ボーダーから3〜4秒落ち)で予選落ちを続けた。当時、ロードレースはブームの真っ只中で、SP125でも予選通過は32/300台。人気のSP250クラスともなると、500台以上のエントリーがあった。
こういう状況でロードレースのまねごとを1年くらい続けたが、全戦出場する資金もなく、だんだんと遠ざかっていった。

大学3年の時、このままではいけないと思い、後輩からTZR125を買い取り、再び筑波サーキットへ。しかし、世間も当然レベルアップしており、相変わらず予選通過タイムには届かない。
ああ、所詮俺は決勝レースを走ることなく、バイク人生を終えてしまうのか・・・

そんな折、当時できたばかりの『エビスサーキット』でランキング入りしている後輩から誘われた。
「エビスはまだレベル低いっすよ♪」
恥も外聞もなく、とにかく決勝レースを走りたい一心で、はるか福島のエビスサーキットでライセンスを取り、セッティングは後輩から教えてもらい、地方選手権へ出場した。

予選通過台数は、30/49台。筑波よりも確率は高いとはいえ、絶対通過できるというわけではない。
しかも、レース当日の朝は雨。予選の時の路面は完全にウェット。

雨の日のサーキット走行はあまり経験がなく、筑波でも練習走行開始直後に転倒したりと、自信はなかった。けれど、学生生活最後のレースということで、がんばって走った結果、予選通過30台中30位というギリギリの順位で通過することができた。

初めての決勝レース。ウォーミングアップランでみんなと同じように、憧れのローリングをやってみた。なんだか峠の走り屋みたいで照れくさかった。(っていうか、走り屋がこれを真似してるんだってば・・・)
押しがけはうまくでき、スタートで数台抜くことができた。さすがに決勝レースは同じようなタイムのライダーが集まるため、抜きつ抜かれつのバトルがと〜っても楽しかった。

バイクに乗っていて(四輪でもそうだが)一番楽しいと思うのは、同じレベルの相手とバトルしている時ですね。

結果は27位/30台でチェッカー。まあ・・・一応順位を上げることができたということで・・・良しとしましょう。

 

・エンデューロ :

Experienceのエンデューロのページにも書いたように、エンデューロ自体は学生の頃からちょこちょことは出場していましたが、卒業後しばらくしてDT200Rを手にいれてから、徐々にハマっていったという感じです。

 

13.運転技術 :

・バイク :

まあ・・・運転歴20年以上ありますし、それなりにいろいろな経験積んでますから、下手ではないと思います。でも、センスはあまりないかも?

私は公道ではあまり転びません。コースでも、ポテゴケは何度かありますが、最近は幸いにして派手に転ぶことはあまりありません。もちろん安全マージンが大きいからに他なりませんが、練習でコースを走っている時くらい、限界ギリギリの走りをしないと自分の限界が高くならないのでは?と感じることがよくあります。
でも・・・限界を超えるのが怖いんです。だから転ばないように走っちゃいます。

よく、センスがあるとかないとかって言いますよね?

初心者と一緒に走りに行ったときに、その人にセンスがあると感じる事が何度かありました。
ほんの少しの間にメキメキと上達し、私と変わらないスピードで走る人もいました。ガレ場とか難所ではまったくついてこれませんが、それは、私の『経験値』がその彼よりもはるかに多いからに過ぎません。

コースとか整備された林道などでは、ほとんど同じスピードで走ってくれます。私が何年もかかって身につけたスピードを、わずか1日で習得したようです。あれって・・・絶対センスだと思うなぁ・・・

まー、そんなことでしょぼくれてもしょうがないので、私は今までどおり、経験に練習を重ねて、地道に、ちょっとづつさらなるテクを身につけるつもりです。(まだまだ上達するつもり・・・)

 

・四輪 :

まあ・・・こっちも運転歴20年以上ありますし、それこそ毎日のように運転してますから、それなりに・・・

AE85時代は、それこそいろいろな練習をして楽しみました。
免許取立ての頃は、ショッピングセンターの広い駐車場で、アイドリングで車を走らせたまま、ステアリングをロック トゥ ロックまで何度も何度も切り返し、野球やテニスでいうところの『素振り』の練習をしたこともあります。結構真剣だったんですね〜(笑)

だんだん慣れてきた頃、スライドさせる練習もしました。
ただ、A/T車だったのでドライの舗装路ではサイドターンとブレーキングでリヤを流す練習。雨の日は、広い駐車場でタックインも体験。未舗装路ではパワースライドの練習もできました。

MR2時代はときどき峠へ出かけてました。足周りはノーマルですが、TRDの4ピニのLSDを組んでいたため、パワーでテールを流したり、いろいろと楽しめました。本気モードの走り屋達(シャコタン+Sタイヤ)にはかないませんでしたが、ノーマルクラス(?)ではみんなと一緒にバトルできました。

RX-7(FC3S)では、走行会に参加して筑波サーキットを何度か走りました。20分3セットの走行でしたが、20分間マジで走るとブレーキなんかフェードしちゃうんですね。初めて知りました。

ショックをKYBのストリートに変更し、LSDをギチギチに締め上げてイニシャルを上げ、トーコンもキャンセルしましたが、アンダーをうまく消せなくて苦労しました。初期型のFCって旋回性が悪いのかな?

正直に言います。私のFCでの最速ラップタイムは14秒台です。走行会での順位としては、「速い組」と「遅い組」とあって、遅い組のちょうど真ん中あたりのタイムでした。まあ・・・速くはないわな・・・

キャラバンでは・・・非力なTD27ではM/Tとはいえ何もやる気になれません。ただし、雪が降ると話は別。

真冬のある日、芦ノ湖のほとりで花火をやろうと言い出したヤツがいて、会社の同僚数人で、3台の車を連ねて箱根へ行ったときの事でした。私のキャラバンの他にはAE86とRVR。箱根に近づくと雨が降り始めました。もしかしたら、上の方は雪が降っているかも?その予想は見事的中!旧道の七曲付近ではうっすらと積もっていました。

キャラバンは、割とオフロード向きのM+Sタイヤを履いていたので、2WDのままでも登って行きます。七曲ではパワースライド炸裂!メーカーオプションの純正LSDが久しぶりに仕事をしています。ホイールベースが長い車だと挙動もゆっくりなので、あわてることなくカウンターを当てられますが、はるか後方のテール部分がはみ出していないか?と心配になりミラーに目をやってしまいます。また、1BOX車って運転席がフロントタイヤよりも前にあるので、リヤが流れた時の感覚って独特ですよね?

七曲を抜けた後、さらに雪が深くなり、勾配もきつく、2WDではホイールスピンが始まり失速するようになりました。走りながら4WDに切り替えると、何事もなかったかのように再び加速します。
ここで後方を確認すると、後輩のAE86が来ていません。
まあ、この雪では夏タイヤのFR車では登れないかな?

Uターンして様子を見に行こうと思い、サイドブレーキを引こうとした瞬間、この車がリジット4WDであることを思い出しました。
そう、センターデフを持たないリジット4WDの場合、サイドブレーキを引いてロックさせると、リヤだけではなくフロントもロックしてしまいます。そうすれば当然まっすぐ滑って行きます。
仕方なく2WDに切り替えたところ、登り坂で後輪はあっさりグリップ失い失速。サイドターンできるスピードまで加速できません。

そこで、まず4WDに入れ、サイドターンできる速度まで充分加速。スイッチで2WDに切り替えたら、速度が落ちる前にすぐさまサイドターン敢行!この技は見事成功し、無事にUターンすることができました。
(普通にUターンすればいいのでは?っていうツッコミはナシね・・・)

四輪でやってみたい競技はダートラです。もちろんそんなお金もないし、要領も分かりません。どんな運転技術を要するのかも知りませんが、グリップの悪いダートでトラクションと相談しながら、横向くマシンをコントロールするのってとても楽しそう♪機会があったらやってみたいです。

 

・車両系建設機械 :

いわゆる、パワーショベルなど。
一応業界人(建設機械業界)ですし、運転資格は持っています。バックホウで穴くらいは、掘るには掘れます、とりあえず。その程度です。

トラックに積むときに、ラダーレールなしで、アームをうまく使って自走で載せちゃう人がいますが、あんな荒業とてもできません。あれ、私がやろうとすれば、ぜったいにひっくり返ります。

 

14.転倒歴

前述のとおり、私は公道で転倒することはあまりないのですが、20歳の時通学途中でハデに転んだことがあります。

大学へはバイク(RZ250)で通っており、信号の少ない片側2車線の国道を通ると、郊外にある無機質な校舎はすぐに見えてきます。
学校の手前数キロのあたりで、その国道はゆるい右カーブになっています。
そのゆるい右カーブの途中に小さな段差があり、段差で荷重が抜けて外側へふくらみます。いつもはそこを120km/hで突っ込むと、ちょうど1車線分ふくらむので、内側の車線の真ん中を走っていればその段差を越えたときには外側の車線の真ん中に移動して、きれいにコーナーを立ち上がることができました。

その日はちょっと寝坊をしまして、大学の講義に遅刻しないよう、いつもよりハイペースでRZを走らせていました。そのゆるいコーナーのかなり手前にある信号で停止し、青になったとたんにシグナルグランプリさながらの猛ダッシュ!誰もついてきません。

RZのスピードメーターの針はぐんぐん上昇し、コーナー手前で少しアクセルをゆるめ、コーナーに差し掛かかった時のメーターの針は130km/hを指していました。
いつもより・・・10km/h速いけど・・・いいや、いっちゃえ〜!!!
そして、例の段差に差し掛かったその時です。

ふわっとした無重力感覚が、明らかにいつもと違うと感じた次の瞬間、右にバンクしていたRZは瞬時に引き起こされ、そのとてつもない遠心力に私の体は宙を舞い、自分がRZのメーターの上を飛び越してゆくのがはっきりと分かりました。
これも一種のハイサイドというのでしょうか?
バイクの上を飛び越したのだからかなりの落下量だったハズですが、地面に落ちた瞬間のショックは覚えていません。ディ・パックを背負っていたのがガード代わりになっていたのかも?
ただ、落下後アスファルトの上を何度も何度も転がっていった時の感覚は、はっきりと覚えています。

地面 → バイク → 空 → 地面 → バイク → 空 → 地面 → バイク → 空 →・・・

と、景色が次から次へと目まぐるしく変わり、転がるたびに体の節々が痛くて痛くてたまらなかった。かなり長いこと転がり続けた気がします。まあ、130km/hですから。
それでもゆるいコーナーだったので、縁石に激突することなく路上で止まれました。
それと、頭を打たなかったのは、『よくできました♪』ですね。

RZは外側の縁石に軽くHITしたようで、左端に止まっていました。
足も腕も痛かったけど、とりあえず後続の車が来る前にバイクを起こしました。
手を見ると、出血で真っ赤!あれ?グローブは?脱げちゃった???

というか、この頃私は街乗り用の皮のグローブを持っておらず、毛糸の手袋にビニールのパッドが付いたような、どう見てもバイク用とは思えない『てぶくろ』をしていました。手首の部分を絞るような機能もなく、地面を激しく転がっている間に脱げてしまったようです。
ちゃんとした皮のグローブをしていたら、こんなヒドイ事にはならなかったかも。左手の手のひらの皮は、ほとんどアスファルトで剥がされてしまったようです。
みなさん、グローブはきちんと装着しましょう。

RZはというと・・・ミラーやウィンカーが割れたりマフラーが傷ついたりしていましたが、ほとんど道路に沿って滑っていたためか、走行には支障がない状態でした。

皮の剥げた左手でクラッチを握るのがとても苦痛で、発進だけは仕方なく半クラを当てましたが、走りだしたら左手はハンドルを離してぶらり・・・
なんとか学校にたどり着きましたが、完全に遅刻しました。

ぼろぼろのジャケットとGパン、そして左手から血を流しながら、右手にメットを抱えて教室に入って行くと、ほとんどの人はすぐに状況がわかったみたいです。
すぐに医務室へ案内されましたが(当たり前か)、こんなに怪我しててもとりあえず講義を受けようという、この勤勉さ。
しかし、この私の熱意は先生には分かってもらえず、結局この講義の単位は落としました。(爆)

この転倒がキッカケで、私のRZは『ど・ノーマル』から少しずつカスタムへの道を歩むようになったのでした。
実際、この時の修理費は5万円かかりましたが、そのうちチャンバー代が4.5万円。マフラーは傷ついてはいましたが、機能的には問題なかったので、本当だったら交換する必要はありませんでした。

でも、SUZUKIのスモークレンズの角ウィンカーを後輩から譲ってもらったり、ハンドルも曲がってしまったので、どうせ買うならスワローハンドルに・・・などとやっているうちに、うっかりスーパーモンキーのチャンバーなどを買ってしまいました。
それまでは、『ど・ノーマル』の外観が一番シブイ!と思っていた私の心に火がついてしまったのかも。
ちなみに、スーパーモンキーのチャンバーでMJを10番上げたら、最高速は160km/hから170km/hに上がりました。

 

15.所属チーム :

・千葉工業大学 二輪部OB会

千葉工業大学 体育会 二輪部のOBによって結成されるチーム。
といっても、特に何かに登録しているわけでもないし、年に1回の飲み会の時くらいしか集まる事はない。
二輪部に所属したまま卒業できれば(まあ、中退でもいいけど)、自動的にOB会に移籍することとなる。
レースなどでチーム名を記述する時には、基本的にはこの名称を使用している。

 

・水沢レーシング

神奈川県 茅ヶ崎市にある「YSP茅ヶ崎(オートプラザ水沢)」に拠点を置くチーム。
かつてはロードレースなどでも活躍し、IAもたくさんいたが、現在はモトクロスを主体に活動している。MCFAJにも登録しており、IBやエキスパート・ジュニアのライダー達を抱える。
エンデューロなどにチーム参戦するとき、私もときどき水沢レーシングの一員として参加することがある。

このオートプラザ水沢は、私が茅ヶ崎に赴任してから約6年かかってめぐり合った店で、店の雰囲気や常連客の感じもよく、技術も確かでオフロード系のノウハウも豊富にあり、なによりYSPだということで、私が初めて信頼できると思ったショップです。
この店のツーリングに参加したことがありますが・・・ホント、生きててよかったぁ〜・・・と心から感じました。みんな、アタマ悪い人たちばかりです!(笑)

せっかく理想のショップに出会えたのに、それから2年後には茨城へ転勤となり、もう茅ヶ崎へ戻ってくる事もなくなりました。

 

・やみなべ ツーリングチーム

発端は高校時代のバイク乗り仲間が集って作ったチームらしい。で、そのメンバーが友人を紹介し、友達の友達は皆友達だ!的にいろんな人達が集まった。寄せ集めのチームなので、どんな特色のあるライダーが出てくるかわからない・・・ってことで『やみなべ』という名前がついたと記憶しております。
私は結成当初のメンバーではないのですが、かなりの古株になってしまいました。
かつて雑誌で一般公募をしたこともあり、さらに多種多様なライダーが集っています。

このチームのツーリングは、幹事が前もって下見に出かけ、高速道路以外は基本的に隊列を組んで千鳥走行を行います。なので、全くの初心者でも安心して参加できるツーリングチームです。

ここはオンロードのツーリングが主体ですが、最近はオフロード班も発足し(私が班長というウワサも・・・)、近場の林道やガレ場・ウッズなどで遊んでいます。
みなさんもご一緒にいかがですか?

 

〔過去に所属していたチーム〕

・RZVオーナーズクラブ

・トピーモーターサイクルクラブ(TMCC)

 

16.風俗体験

玄人童貞の私の風俗体験といえば・・・ポルノ映画くらいかな。
高校卒業直後、クラスメート7・8人が上野に集まりポルノ映画を見に行った。
学割にしてほしくて券売所で学生証を見せたら、高校生はダメだと・・・

「僕たちみんな高校を卒業したばかりです。卒業したんだからもう高校生じゃないんです。いいでしょ?」

って交渉したら券売所のおっちゃんは、

「まあ、卒業したんだったら・・・いいか・・・」

と、納得して学割で入れてくれた。(でも、本来それだと学割にならないのでは?)

私が経験した風俗って、ホント、これくらいです。
職場旅行で温泉宿に泊まった時も、私はソープ組ではなくマージャン組でしたから。で、マージャンやってる最中にソープ組が帰ってきましたが、みょーに笑顔のヤツと、かなりがっかり顔のヤツとのコントラストが非常に印象的でした。

 

17.嗜好品

・酒 : もちろん嫌いではないが、あまり多くは飲めない。

・タバコ : 2003年7月から一本も吸っていない。あ〜、吸いてぇ〜!

・ギャンブル : パチンコやスロットはかなり凝ったが、一応足を洗った。
かつてはスロットマシンの払い下げ中古品を購入し、部屋で遊んでいたこともあった。
サミー工業の『スーパーヘビーメタルA』という機種ですが、みなさん知ってますか?

 

18.好み :

・好きなライダー :

○ランディー ホーキンス(全米エンデューロチャンピオン)

だって、私と同じWR400Fに乗っていた時期もあったし♪

私がパレ那須ヘアースクランブルに出ていた頃、ホーキンスが招待選手として出場したことがありました。当時はRMX250に乗っていましたが、1周のハンデを跳ねのけて見事優勝!そのスピードたるや、明らかに他のライダーとは違ってました。

そのホーキンスと私が、一度だけからんだ時がありました。狭いガレ登りの1本道に私が入った直後、ホーキンスがものすごい勢いで(たぶん)後ろから迫ってきました。
狭い1本道に二人きりね、うふ♪
などとおちゃらける余裕もなく、いつホーキンスが抜いてくるかわからず、どきどきしながら一生懸命ガレ場を登りました。道を譲ってあげたいけど、ふらふらと走行ラインが定まらない私には、よけるだけのテクもなく、止まらずに走るので精一杯でした。

けっこう距離がある区間だったので、普通のトップライダーだったら無理にでも抜いてくるところですが、ホーキンスは私との距離を少しおいて、あおることもなくついてきました。
そして、1本道を抜け広い道に出たとたん、彼のRMXは鮮やかにフロントを上げて加速し、数秒間で見えなくなってしまいました。

あの1本道でのランデブー、言葉は交わさなかったけどお互いに気持ちは通じました。

「悪いなぁ、ホーキンス。がんばって走るからちょっと後ろで待っててくれよ。
おや、そんなに離れて・・・気を使ってくれてるんだね、ありがとう!」

「わぉ!このへっぴり腰のライダー、デンジャラスね!近づいて巻き添え食らうのはゴメンだぜ。少し離れるとするか・・・」

 

○斉藤ファミリー(野田YAMAHA)

モトクロスの世界ではちょっと有名な斉藤ファミリー。
社長の城太郎さんはもうかなりの年齢ですが、MCFAJのレースに現役で出場しており、芽吹きEDではいつもラップされてしまいます(涙)
前述の、YSP茅ヶ崎(オートプラザ水沢)の社長である水沢氏とも仲がよいらしい。

稔氏やひろし氏はバリバリの現役IAライダー。稔氏はMCにもガンガン参戦しています。
ひろし氏はときどき芽吹きEDにも来てくれて、現役IAのぶっ飛んだ走りを見せてくれます。

そりゃあ有名なIAは他にもたくさんいるけど、いつも間近で見ていたり、会話を交わしているライダーには親近感が生まれます。
ひろし氏は、息子にバイクを教えている時は、ホントにやさしいパパさんって感じで、それでいてYZに乗るとあんなに激しい走りを・・・そのギャップがまたいいんですね〜。

 

・好きなドライバー :

○道上 龍(JTCC参戦ドライバー)

FCで走行会に参加したとき、ナイトスポーツのデモカーの助手席に乗れるチャンスがあり、ジャンケンで勝ち抜いた私がその権利をGETしました。そのときのドライバーが道上氏だったのです。

道上氏がドライビングするフルチューンのFDは、「速い組」がスポーツ走行する中をまるでシケインのように、ジグザグ走行で抜いていきます。マシンもいいんでしょうけど、やっぱA級は違いますね。あのレースはどうだった?とか、このマシンはどんな特性?とかいろいろ話かけたのですが、ちょっと無口な感じでしたね。彼はあまり会話は得意ではないような印象を受けましたが、スポーツ走行中だったので走りに集中していたのかも?

一番印象に残っているのはステアリングさばきです。ヘアピンの立ち上がりでは、パワーをかけるとテールがずるずるっと流れ始めるのですが、細かく、そしてとても速い、小刻みなカウンターを当てていました。まるでテレビでも見ているかのような、カッコいいステアリングさばきでした。

 

これらの、私の好きな○○シリーズで共通していること。そう、それは私とコンタクトがあった人たちです。
テレビとかでしか見たことのない人よりも、直接会って話をした人にどうしても感情が移入します。
レースなどでもそうです。F1やKARTなんてのは、自分で運転する機会なんて一生ないでしょうし、勝負する機会もないでしょう。しかし、ハコのレース車は、ベースはよく見かける車だし、サーキットのスポーツ走行で混走することもありえます。そういう身近にいる車の方が見ていて飽きません。

 

・好きな歌 :

○夢(ブルーハーツ)

歌詞が・・・私の心境をそのまんま表しています。

 

○AMBITIOUS(ハウンドドッグ)

愛機MR2を手放してまで、キャラバンを購入しようという決心をさせた歌。

「やりたい事が分かっているのに、始めてないんじゃないか?」

エンデューロを始めるのに必要なのは、峠を走るMR2ではなくて、バイクを積めるトランポだということ。

 

・好きなアイドル :

○松本伊代

私の友人のお姉さんの親友の妹が、松本伊代ちゃんです。

 

・カラオケでよく歌う曲 :

心の旅 / あずさ2号 / J-BOY / 長い夜 / 夢 / AMBITIOUS / 浪漫飛行

/ ジュリアに傷心 / エロチカセブン / 上・京・物・語 / 空を見なよ etc

(げっ、懐メロばっか・・・)

 

・よく行ったディスコ

○新宿 GBラビッツ / ドルフィン

どちらも新宿では初心者向けのディスコとして有名で、客層も若かった。自分たちも高校生だったから他人の事は言えないが、あきらかに中学生らしいハデハデフリルの女の子とかが、一生懸命踊っていた。

○渋谷 CANDY・CANDY(通称キャン・キャン)

上記のディスコに比べれば、少し大人向けの雰囲気だったような気がする。
ここで、大晦日年越しオールナイトに参加したことがあり、夜中の1時ころまではみなハイテンションを保っていたが、さすがにそれから朝までは、みなぐったりとしていた。始発電車で帰り、元旦の朝から爆睡した。

ちなみに、この頃のディスコってのはジュリアナとかマハラジャの前の時代で、お立ち台などは当然ないし、ボディコンのおねいちゃんも扇子もパンチラもパラパラもなかった。純粋に踊りを楽しむトコだったね。

 

19.自分の娘を嫁にくれと言われたら :

☆ぶっとばす(嘘)

いや、そんなことしませんよ、たぶん。
こんな不出来な娘をもらってくれる、やさしい彼氏に対してそんなこと・・・
でも、娘の結婚を許す際に条件をひとつ出します。

「わしとバイクで勝負しろ!勝ったら娘をくれてやろう・・・」

私が負ける分には何も問題はありませんが、もしその勝負で彼氏が事故ってケガでもしたら、娘に一生口をきいてもらえないかも・・・

 

20.自分の理想とする葬式 :

とにかくドハデな葬式(笑)

しみったれた暗い葬式なんかじゃなく、明るくさわやかに、みんなが楽しく参加できる葬式をしてくれたらうれしいです。

具体的には、どこかコースを借り切って、『せきぴー没記念エンデューロ』とか開催して欲しい。競技時間は6時間くらいでいいかな。
どーせ私は走れないんだから、少しくらい長くてもいいや。

って、この話を以前友人にしたことがありますが、

「迷惑だ!」

っと、一蹴されました。

 

・・・・・・あ〜ぁ、せきぴーの一生が終わっちゃったよ。

 

で、PROFILEってこんな感じでよかったのかな?
ご感想、お待ちしております。

 


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