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Experience

生まれつき血液中の赤血球の数が少ない私は、瞬発力はあるが持久力が人並み以下でした。そんな私がエンデューロなどという過酷なスポーツを始めて、持久力が徐々についてきた頃、会社の先輩達に誘われてマラソン大会に参加したことがあります。

T社のK製造所はマラソン人口が多く、大会等への参加も積極的でした。
エンデューロこそ一番過酷なスポーツだと信じていた私は、エンデューロライダーとしてのプライドと、若さだけを武器に(当時!)、無謀にもマラソンの達人たちの挑発に乗ってしまい、ずいぶんとシンドイ思いもしました。

バイクもそうだと思いますが、やっぱりマラソンも普段から走り込んでいる人達には勝てませんね。

- Marathon -

大会名

内容

大山登山マラソン大会

1990年
小田急線伊勢原駅前を出発して大山の中腹まで、標高差650mをひたすら登り続けるレース。
初めはゆるい登りだが徐々に勾配がきつくなり、最後は石段を駆け上がるという、過酷極まりないレースである。
ちなみに石段は全部で1,610段とのこと。
ゴール目前の石段のところで、見ず知らずの男が声をかけてきた。
「それー!最後だぞ!気合入れていくぞ!」
その言葉に私も感化され、2人して急勾配の石段をダッシュで登った。あとちょっとというところで、その男は足をつってしまい、その場でのたうちまわっていたのを今でもはっきりと覚えている。

山中湖ロードレース

1990年
スポニチ主催の大規模な大会。その名の通り、山中湖1周+αで、14.3kmあった。
山中湖の湖畔道路は景色も良く、それほどアップダウンもなく気分良く走れたが、スタート&ゴール地点がちょっと高いところにあるので、最後の登りで心臓が張り裂けそうになった。
「10kmマラソン完走者」とプリントされた、他のレースでの完走記念らしきTシャツを着た兄ちゃんが、山中湖の11km地点でへろへろになっているのが印象的だった。

東名開通記念
マラソン大会

1991年
東名高速道路の上り線(大井松田)開通記念に行われたレース。
この世界では、こういう開通記念マラソンがよくあるらしい。まあ、開通したら自分の足で走ることはできないので、記念になるからと誘われた。
しかし、さすがに高速道路は単調で、景色もこれと言って変化が無く、5km地点を折り返して10kmを走ったがあんまり感動が湧かなかった。

多摩川マラソン
ロードレース

1991年
多摩川の河川敷を走るレース。
それこそ景色に変化が無く、夏に行われた大会だったため、ひたすら暑さとの戦いだった。この頃から自分のマラソン熱がだんだん冷めていったような気が…

丹沢湖マラソン

1994年
この大会は比較的近場で行われていることもあり、T社のK製造所では、マラソンクラブ員以外でも参加する人が多い。
この年は私の所属する技術G全員で参加することになり、久し振りのマラソン大会でいい汗をかいた。
(とはいえ、うちの会社の人達は、ほとんどがいい汗かいた後の「1杯」のために走っているように思える…)

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